異世界相続 第1話:スミには相続権がない
ホンデニ皇国の皇都トカヨから東へ遠く離れた港湾都市バーケンに近い小さな村、ルルラ村。その村のはずれに、一軒の古びた鍛冶屋があった。鍛冶屋の外壁は、長年の風雨にさらされ、ところどころ崩れかけていたが、扉を開けると内部はまるで別世界のようだった。鍛冶場特有の熱気が漂い、金属の焦げる匂いが鼻をつく。壁際には、大小さまざまなハンマーとやすり、鉗子などが整然と並べられており、使い込まれた道具が長年の仕事を物語っている。炉には、かすかに赤い炎が残り、職人の手によって鍛えられた剣や鎧が作業台の上に無造作に置かれている。この鍛冶場は、異世界に転生したゴタにとって、ただの作業場ではなく、生活の中心であり、家族の歴史そのものでもあった。
この鍛冶屋はゴタの父、ヨタが長年にわたって築き上げた家業だった。異世界に転生してからというもの、ゴタは新しい環境に適応し、父の鍛冶屋を手伝いながら、自らの役割を模索していた。この新たな世界に来た理由や目的については依然として謎が残っていたが、彼は日々の生活を送りながら、自分の居場所を見つけようと努めていた。
その日の夕方、家のリビングルームには家族全員が集まっていた。父のモタ、長男のキタ、異世界から転生してきたゴタ、そして新たに加わった家族――継母のキミと彼女の連れ子、スミが席についていた。今日の話題は、家の将来に関わる重要な内容だった。家族の全員が集まり、家の家長であるヨタが、これからの家族の行方を左右する重大な発表をしようとしていた。
モタは静かに口を開き、全員を見渡した。「みんな、今日は大事な話をしようと思う。我が家の相続についてだ。」彼の声は静かだが、その一言一句に重みがあり、家族全員が息を潜めて耳を傾けた。
ゴタは父の言葉を聞きながら、その意図を理解しようとしていた。転生者であるゴタにとって、この家族との新しい生活はまだまだ手探りの状態だった。彼は、家族の一員として自分の役割を果たすために何ができるか、日々思い悩んでいた。異世界での生活は予想以上に厳しく、家族との絆を築くことが彼にとっての重要な課題だった。
「相続について話をする必要がある。我が家には古くからのしきたりがあって、それに従わなければならない。」モタはそう言うと、少し間を置いてから、次の言葉を慎重に選びながら話を続けた。「相続権は、私の直系の血縁者とその配偶者にしか認められていない。つまり、キタとゴタ、そして妻であるキミが相続権を持つことになる。鍛冶屋の財産は、お前たち二人が受け継ぐことになるのだ。」
その言葉が発せられた瞬間、部屋の空気が一変した。キタとゴタは父の言葉に納得した様子だったが、その時、スミの表情が固まった。彼女はキミの連れ子であり、家族の一員として迎え入れられていたが、相続の話が出た途端、彼女の立場が否応なく明らかになった。スミは、これまで自分がこの家で家族として認められていると信じていた。彼女にとってもこの家での生活は、親子としての関係が大事であり、家族の一員としての居場所を確保してきたつもりだった。
しかし、モタの次の言葉は、彼女の期待を無情にも打ち砕いた。「スミ、君には相続権がない。」モタの声は冷静であったが、その言葉はスミにとってあまりにも冷たく響いた。スミはその瞬間、何も言えず、ただ黙って俯いた。肩を落とし、深く息を吐くと、彼女の瞳にはかすかな涙が浮かんでいた。彼女にとって、相続という言葉はただの法的な問題ではなく、家族としての絆の象徴でもあった。それが断たれたことにより、彼女は自分がこの家における「外部者」であることを痛感させられた。
キミはその様子を見て、すぐに口を開こうとしたが、言葉が出てこなかった。彼女もまた、娘が家族として受け入れられていると信じていたし、少なくとも表面的にはそう見えていた。しかし、現実は厳しく、スミにはこの家の財産を相続する権利はなかった。養子縁組をしていないスミは、血縁者ではないため、相続の権利を持たないという冷徹な事実が目の前に突きつけられた。
「これからも家族として暮らしていくためには、それぞれが自分の役割を果たさなければならない。」モタは続けた。「財産の問題はこう決まったが、家族として協力して、この鍛冶屋をさらに発展させることが大事だ。お前たちも分かっているだろう、家族のために働くことが、最終的にはお互いのためになる。」
その後も会議は続けられたが、スミの心には深い孤独感が残り続けた。彼女はただ黙っていたが、その心の中には、どうしようもない失望と悲しみが渦巻いていた。自分がこの家に居場所を持っていないという現実が、彼女を追い詰めていた。
ゴタは、そんなスミの様子をじっと見つめていた。彼もまた、兄のキタと共に相続することになっているが、兄が鍛冶屋の主人となった後、自分がこの家に居続けることで兄との関係が難しくなるのではないかという不安を抱いていた。父が亡くなった後のことを考えると、心は重くなる。スミが抱えている孤独や不安は、ゴタ自身の心情とも重なる部分があった。彼女が感じている疎外感や無力感は、ゴタにとっても決して他人事ではなかった。異世界に来たばかりの頃、自分も同じように感じていたのだ。だからこそ、ゴタはスミの心にできる限り寄り添おうと決意した。
「スミ……。」ゴタは小さな声で彼女の名前を呼んだが、彼女は顔を上げることなく、黙っていた。ゴタはどう言葉をかけていいのか分からなかった。この家族にとっても、自分にとっても、まだまだ試練は続く。だが、それでも彼はこの家族を守りたいと思っていた。
スミは、相続権がないという現実を前に、無力感を感じながらも、この家における自分の役割を見つけようとしていた。彼女は、相続という言葉が家族の絆を断ち切るものではないと信じたかった。だが、目の前の現実は厳しく、彼女は自分がただの「外部者」として見られているのではないかという不安に押しつぶされそうだった。
ゴタはそんな彼女に手を差し伸べたいと思いつつも、自分もまだこの家族の中での役割を見つけきれていなかった。転生者として、そして家族の一員として。
この物語の背景と人々
ホンデニ皇国のルルラ村ののゴタとして転生、6歳の時に転生者としての記憶が蘇る。
- ホンデニ皇国の法律は、ゴタの転生前に住んでいた日本に酷似している。
- ホンデニ皇国の皇都トカヨから東へ遠く離れた港湾都市バーケンに近いルルラ村。
- ゴタの住む国はホンデニ皇国、住む町はルルラ町。
- ソラが住んでいたタルラ町(ルルラ町から120㎞離れている)。
- 法律で愛人は、事業継承する子を増やすことを国が推奨していた為、許容されていた。
- ゴタ:次男 転生者で魔法が使える(秘密にしている)。魔法使いは希少。
- モタ:ゴタの父(自宅で鍛冶屋を営んでおり、かなり裕福。)
- カヨ:ゴタの亡き母
- キタ:ゴタの兄
- キミ:(継母)
- スミ:(キミの連れ子)
- リン:(ヨタの愛人)
- タキ:(ヨタの愛人の男子) キンタ:ヨタが亡くなった後に行方不明(ヨタがキンタの借金の連帯保証人)
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